〈西荻オススメ〉欲しい! が見つかる本屋さん「颯爽堂」

最近、立て続けに「西荻窪」を紹介する雑誌が出ました。

『Hanako』 No.1082 「西荻窪vs吉祥寺」(マガジンハウス)
『散歩の達人』5月号 「西荻窪vs荻窪」(交通新聞社)

西荻を愛するものとしてはうれしいかぎりです。
(どっちの特集タイトルも、西荻窪のほうを先にしてくれてるなんてね)
しかも、ここ3年ほどのあいだに、新しくできたお店を紹介してくれているので、
なかなか使えます。

今日は、ランチがてら、ぶらぶら歩いて本屋さんに行って来ました。

西荻窪は、高円寺から吉祥寺までの中央線の中で、商圏が一番せまいんだそうですが、
そんな駅前に、本屋が、ええっと、5店。
古書店は、えーっと、7店。
その上、最近はブックカフェも増えてきたので、西荻って街自体、とにかく本であふれてる。
あんまりウワサにはならないんですが、実は本屋さんが多い街でもあるんです~。

そんな中で一番好きなのは、颯爽堂。

どこかで紹介された新刊が大概置いてあるし、
入り口すぐの陳列棚には、おおっ、いま一番ホットな本が。
(ちなみに今日は山口晃の本がありました)

聞いた話では、ここは店長さんがいいんだとか。
あゆみブックス、という、業界では知られた書店があるのですが、
そこの元社長が、この店をやってます。
あゆみは、この出版不況の中、着実に黒字を伸ばし、
新規店を出している、かなりスゴイ書店。
その「血」が、この書店には濃ーく受け継がれてるってワケなのです。

なるほどねー。だから欲しい本がだいたいあるのか。

お店の目玉はなんといっても入り口右手の新刊本・注目本を集めたコーナー。
たまに大輪のカサブランカなんか生けてあって、とてもすてきに飾ってあります。
品揃えはもちろんばっちり。

でも、残念なのは、お店がちょっと狭い。専門書やハウツー本は少ないなあ。
逆にデザイン関係や物書きが欲しいような本は、ものすごーく充実してますね。
(フツーの人はぜったい必要ない、でも物書きはほしくなるような辞書があったり)

そんなこんなで、今日ゲットしてきた本は、この2冊。

『総特集 三原順 少女マンガ界のはみだしっ子』(河出書房新社)
『放射線像』(皓星社)

こういうのが新刊のコーナーにさらりと置いてあるんだもんねー。
読まなきゃいけない本は山積みなんだけど、これはきっとそっこー読んじゃうな。

というわけで、西荻ランチのあとは本を探してそぞろ歩き、なんていかがでしょうか。

台風一過。まだ5月なのに。

Photo_2


今日はものすごい日差しです。まだ5月なのに、もう台風一過なんて。

だから、というわけではありませんが、古いブログを新しくしてみました。

はあ? ブログ? いまはTwitterだし、FBだし、Instagramだし、というお方もいらっしゃるかと。
まあいいじゃないですか、きっと何かの役に立つかもしれませぬ。

心機一転のごあいさつがてら、台風一過の写真をアップします。
去年の秋に撮ったのですが。

今後ともよろしくご愛顧のほど、よろしくお願いいたします。


西荻 ねこ 拝

人形劇俳優、たいらじょう

 たいらじょう、という人形劇俳優がいる。

 彼は人形を操作しながら、自分も俳優として舞台に立つ。人形と会話し、人形遣いとして影に回りながら、一人で芝居を作り上げる。そういえばひとりだったのだと、終わったときにあらためて思い出すくらい、彼の舞台の完成度は高い。

 子ども向けに人形劇をやってきた彼は、数年前から寺山修司の「毛皮のマリー」を上演している。それが話題となり、ついに今年、新国立劇場で3か月に一度のロングラン定期公演を行うことになった。新国立劇場が人形劇のロングラン公演とはと、正直なところ驚きを隠せない。


 5年ほど前、彼の「毛皮のマリー」を駒場のアゴラ劇場で初めて観た。パイプ椅子などを並べた、100席ほどの客席。舞台上には手作り感のある舞台装置が並んでいた。

 そもそも、若手の人形遣いが新しい試みをしてる、という噂を聞いただけだった。
 その話では、ひとりで人形を操作しながら芝居をするという。演目はなんと「毛皮のマリー」。

「毛皮のマリー」といえば、故・寺山が美輪明宏のために書いた戯曲。美輪明宏だから出せる個性と魅力が存分につまっている話だ。美輪の独壇場ともいえるあの芝居を、どうやって演技するというのか。若手の人形遣いがひとりで、この舞台で。

 これは噂に踊らされたかな、と後悔しはじめたところで、捕虫網を持ったたいらじょうが出てきた。右手をひらひらさせている。蝶、なのだろう。

 なんどか網を振った後、蝶を捕まえてみると、それは「毛皮のマリー」の台本に変わった。

「寺山修司作、『毛皮のマリー』」

 たいらが表紙を読み上げる。
 そのあとは、一瞬だった。

 あの名作の筋はあらためて書かない。わたしが引き込まれたのは、たいらがト書きも台詞として語り、しかも一言一句変えず、完璧にやりこなしたことだ。いや、これは正確な表現ではない。「一言一句変えずに演じています」と、のちにインタビューをお願いしたとき、たいら本人が語ったのだった。

 寺山の戯曲は、ト書きも含めて全体が作品として完成している。演技者はおそらく誰しも、寺山の作品の完成度に圧倒されるだろう。彼はそれを感覚的に理解して、自分の舞台に乗せたのだ。

 やられた、というか、やった、というか。「ついにこういう俳優が出てきた」。アゴラ劇場からの帰り道、ひとり小声で快哉を叫んだものだ。

「毛皮のマリー」は5人の主要人物とアンサンブルの女性たちが登場する。一人で演じる彼は、うまいアイデアをいくつもひねり出して複数の人間を演じていく。

 たとえば、バスタブをひっくり返すと死体が出てくるシーン、というのがある。これは同じく寺山の「青ひげ公の城」にも同じシーンがあるので、よほど気に入ったものなのだろう。ひとりでこれをどうするのだろうかと、個人的に興味があった。どうせたいしたものはできないだろう。

 ところが、彼はいとも簡単にそれをやってみせた。どうやったのかは、たいらに敬意を表してあえて書かない。だが思わず膝を打つアイデアを考え出したのには素直に拍手を送った。そのような斬新な演出が随所にもりこまれているのはさすがといえた。


 このたびの新国立でも、その魅力は存分に発揮されていた。震災の影響で初日が3か月ほどずれ込んだからか、客席は満員だった。


 昨年末、このたいらに仕事で雑誌のインタビューを申し込んだ。仕事にかこつけて、どうしても直接話をしてみたかったのだ。場所は新宿にある彼専用の小さな劇場だった。

 インタビューの2時間半、彼はひとりでしゃべり倒した。事務所の社長が途中で「ほっとくとずっとこの調子だから」と止めるまでしゃべり続けた。だがこちらも、彼が語るエピソードが魅力的で、つい話すに任せてしまった。

 たいらはものごころつく頃から人形を持って話す子どもだった。小学生時代は友だちとの交流が苦手だったこともあって、人形劇を見せることで友人関係をつくってきた。親はたいらのために、居間にちいさな舞台をつくってあげたりして、たいらが人形劇にのめり込むことを応援したのだそうだ。

「こういう親だから、やってこれたと思うんですよ」たいらは微笑んだ。

 普通の親ならば、きっとどこかの時点で「うちの子はおかしいのでは」「勉強をきちんとさせなければ」と不安になり、人形劇をやめさせようとするのだろう。けれどたいらの親はどんどんやりなさいと薦めたそうだ。彼はついに人形劇で身を立てることを決意する。

 本格的に人形劇俳優として活動を始めたころ、たいらは自分のステージがお金に換算されることやギリギリの生活にジレンマを感じて、追い込まれていった。
 彼は実家に電話して「もう人形劇が嫌いになった」と親に相談すると「よかった! 物事は嫌いになってからが一人前の始まりなのよ。いつかそうなるといいと思ってたの。人形劇を見ない人の気持ちがわかるでしょう。お祝いにこれからお赤飯を炊くわ」と明るく答えたという。

「こんなこと言われると、かえってやってやる、と思っちゃう」

 ねーえ、とたいらは笑った。

 できるよ、と言ってくれた大人がいてくれて、いまの自分がある。子どもの成長に、大人は大きく影響するんです、と彼は言葉に力を込めた。

 自分を表現する気持ち、表現する方法を、人は成長する段階で隠したり、気づかないふりをする術を覚える。それが社会人になることでもあるのは、一方で間違いない。だが社会で生活をすると、心のバランスが取れなくなることはかならずある。そういうときに、もしかしたら人形を介することで自然に話せることがあるかもしれない。

 たとえばそんな心が、たいらの人形劇を観ることで解放されるとしたら。

 たいらは「人形劇は合わせ鏡」という。その人の心が人形に投影される、と。

 その通りだ、と思う。たいらの人形劇は、芝居そのものを見せると同時に、声なき声が問いかけてくる。

「あなたは……?」と。

「……」はきっと人によって変わるのだろう。お元気ですか、とか、大丈夫ですか、とか、きちんと生きていますか、とか。

 その問いかけに気づいたとき、観た側に大転換が起こる。その感覚は言葉では表せない。たいらの人形劇をぜひ見て欲しいと思う。

 たいらは新国立のロングランのほかに、子ども向けミュージカル「オズの魔法使い」や大人向けの新作「はなれ瞽女おりん」の上演も予定している。

 なんとも楽しみな俳優のひとりだ。

ほんのしばらくだけ。

これまでもきちんと書いていませんでしたが、

やや、心が落ち着いていないことがあります。

ですので、ほんのすこしだけお休みします。

もしかしたら一週間後には書けるかもしれないし、まだ先かも。

めどがついたら書きます。紹介したいことはたくさんありますので。

被災者のこころに残る芸能

3月11日の東日本大震災のあと、まったく違った世界になってしまったような気がしている。

気仙沼を襲った大火災の衝撃的な映像、原発事故、毎日流される今日の放射線数値と、明日の風向き予測。ここまでなら体に害はないという、放射線の量。小説の世界だったものが、現実に起きている。東京では、少なくとも普通の生活に戻っているように見えるけれど、一歩間違えば、あっという間にパニックに傾きそうな危うさが側にひそむ。

イベントや興行にも、自粛、という雰囲気が流れたが、いまは揺り戻しているからよかった。被災していない地域では、イベントなどで盛り上がり、景気を良くしてお金を稼いで、被災地を助けて欲しい、ということだそうだ。いまの時代、経済に近づけてものを語った方が受け入れられるから、これはとってもわかりやすい理由だ、と思う。

ただ、もし万が一、いまよりも現状が悪くなったとき、それでもこの理屈は通るのだろうか。芝居や映画や踊りなど芸能、それらに携わる人たちは、経済の視点ではなく、芸能の視点から、こんなときでもエンターテインメントは必要なのだ、と言うことが、いま、求められているのではないだろうか。

そう考えて、ふと、世阿弥はどうだったんだろう、と思った。世阿弥の時代のほうが、いまよりも天災のための飢饉などで、社会が厳しかったはずだ。その時代に生きた世阿弥の心構えは、どんなものだったのだろう。

世阿弥は父親の死後、いまで言う二〇歳ごろに一座を率いることになり、足利義満の庇護のもと、よくしられる、華々しい活躍をした。けれど、それはせいぜい二〇年くらいのもの。義満が亡くなったあと、世阿弥は不遇の時代を過ごしている。御所への出仕はとりやめになり、息子たちは急死と出家、世阿弥自身は佐渡に流され、不遇の最後を迎えた。

世阿弥が絶頂を極めていたころに書いた「風姿花伝」に、「男時(おどき)」「女時(めどき)」ということについて書かれた部分がある。

  時の間にも、男時・女時とてあるべし。いかにするとも、能にも、よき時あれば、かならず悪ろきことまたあるべし。

  少しの時間のあいだにも、隆運発展の「男時」と衰運停滞の「女時」という変化があるだろう。私たちの努力ということとは無関係に、能にも、良い時があれば、悪い時も必ずある。これは人間の力ではどうにもならない因果である。

(「すらすら読める風姿花伝」林望著より)

世阿弥の時代、やっかいなのは、天変地異だけではなく、将軍の心づもりによって、取り立てられたり、退けられたりすることだ。のちの自分の姿を想像していたわけではないが、世阿弥は、自分の力ではどうにもならないことがある、という緊張感は持っていた。

では、そういうときにどうするか。

「風姿花伝」には、女時のときには、力を抜いてなんとか演じ過ごし、男時がきたなと思えたときに、技を尽くして傑作を演じるとよい、と書いている。一日のなかでも男時、女時があるし、能を続けている長いなかでも、男時、女時がある、それほど移り変わるものなのだ、というのである。

自粛ムードが漂ったいま、それは世阿弥の言葉を借りれば、女時、ということになるのだろう。こういうときは、おこたりなく稽古に励んで時を待つのがよい、と世阿弥ならば言うはずだ。そして、いつかかならず事態が好転して、男時がやってきたとき、自分のすべての力を出し切って、見るものを感動に引きずり込む出来映えの舞台をみせる。いまは、そのための準備のときだと思うのも、いいのかもしれない。

世阿弥がそう言えるのも、彼が演じてきた能の世界は人間の本質をよく表し、ゆるぎないテーマとなっている、という自信があるからだろう。世阿弥は、そのときどきに注目される世相や、ライバルたちの芸を取り入れつつ、人間の普遍的な側面を描いてきた。そこに、力があるのである。

世阿弥の作品には、旅人が、ある土地の住人からその土地や死んだ人物にまつわる悲しい出来事を聞き、実は自分がその霊魂であるというような話が多いようだが、これが受け入れられてきた背景を考えると、なんとも悲壮な思いがする。さまよえる魂の口から語られる怒りや恨み、情、悲哀は、わかりやすいがゆえに、現代の私たちにも通じる普遍性を持っている。

現実が重ければ重いほど、人は、本物でなければ受け入れられない。小手先の表現や主題では、傷ついた観客を満足させることはできなくなる。世阿弥はそのことをよく知っていたのだろう。

世阿弥の能は、当時の人びとを魅了した。必要とされたのだ。相手側から受け入れられ、なくてはならないと思われることほど強いことはない。

現代では、受け手の感性は少し複雑となり、震災からまったく切り離されたコメディーやお笑いも必要とされる。これは危機を見ないようにする精神作用からくるものといえる。現代の選択肢は、当時に比べて多様化しているのは間違いない。現代のエンターテインメントは、幅が広い。そのなかで、どうしたら「なくてはならない」と言ってもらえるのだろうか。

こういう時代に、演じ手はなにを表現するか。この問いかけは厳しい。震災は、エンターテインメントに関わる人たちに、かなり高いハードルを設けてしまったようだ。だが、それを乗り越える努力を、必死にしてほしい。一過性で終わるか、名を残せるか。ここで勝負が決まると言っていいのだ。電気の無駄遣いだとか、不謹慎だといわれて萎縮してしまうのではなく、自分たちの表現していることは、震災で被害を受けた人たちの心にも残る何かをもっているはずです、と、堂々と言えるものをつくりあげてほしい。そういうものを、わたしは見たい。

みなさま、大丈夫ですか?

大変な地震だったようです。

わたしとわたしの家族は、幸いにも無事でした。猫も、一日経ってようやく安心したようです。

余震が続いています。どうかみなさまがご無事でいられますよう。

東北地方の方々には言葉もありません。遠い東京から、お祈り申し上げます。

感謝です、ウィングシアターさま。

ウィングシアターさま(といっても、思い浮かべるのはごく数人のお姿しかないですが)

「キャッツ」ブログについての感想、ありがとうございました。わたしも書き仕事を長くやっていますが、今回のように直接感想をいただくことはほとんどなく、かえって恐縮してしまいます。

見た目に違わず小心者(笑)、かつ恥ずかしがり屋なもので、満足に御礼も言えませんでしたが、とても励みになりました。

過分な高評価をいただきました。けれどそれは、ランパスキャットやそのほかの猫たちから、言葉以上のなにかをいただいたからです。その、溢れそうになる思いに突き動かされた、ということもまた、事実です。

書く仕事でもそうですが、表現行為に嘘はないものだなあと、つねづね思います。心からの表現は、誰かを揺り動かし、次の感動につながる。それは間違いありません。

日々の仕事で、ともすれば失いがちな志を再確認するために、わたしはエンターテインメントを補給しに行く。そして、次の一歩が出せるようになるのです。

感謝をしなければいけないのは、わたしのほうです。

ありがとうございました。

「キャッツ」はエリオットの人間讃歌である。

 知り合いの方が、劇団四季の「キャッツ」に出演するという。

 こんなことは望んで叶うものではない。ぜひ観に行きたい。そこで予定をチェックしたら、どうしても都合がつかないことが判明。

 どうしよう、と思っていたら、都合の方から空いてくれた。

 本気で困れば、なんとかなるものだ。

 慌ててチケットを取り、春一番のなか、横浜のキヤノンキャッツシアターに出かける。

 実は今回で計3度目の「キャッツ」鑑賞だ。最初に観たのは、日記によれば1984年5月3日。初演、といわれる1年間の上演期間の、ちょうど真ん中を越えたあたりの日付になる。花も恥じらう高校ウン年生のころ(自主規制)。それ以来、「キャッツ」には近づかなかったが、昨年5月、思い立って久しぶりに観た。そして今回の偶然。卒業したはずのエンターテインメント分野に戻ってこようかな、と思った矢先、なにやら猫づいているのは、さいさきがいい印だろうか。

 ランパスキャット、という猫で出演するそうなので、せめて予習をと思い、前夜ネットをつなぐ。なにせ24匹も猫が出てきて踊るので、猫の柄をよく覚えておかないと識別できない。
 あちこち探したら、ヘビーなリピーターが何人も見つかる。詳細な公演報告をなさっていた。猫を愛するファンは多いらしい。

 役者を観るのも楽しみのひとつだが、今回は3度目でもあるので、自分なりの課題を持って出かけよう、と決めた。大きなことではない。内容に注視する。そういうことだ。

「キャッツ」は大仕掛けのミュージカルで、見せ場が多く、音楽もよく、出演者のレベルも高い。だからこれまではそちらばかりに目がいってしまい、正直なところ、ストーリーをいまひとつ理解できなかった。

 けれど原作はイギリスの大作家、T・S・エリオットの詩集『キャッツ―ポッサムおじさんの猫と付き合う法』(ちくま文庫)。中味がないわけがない。おろそかにしてきたこの原作に、今回はぜひとも注目したかった。もちろん、ランパスキャットを観ながら、だ。

 さて、3回目ともなると、これまでさらりと流してきた台詞や歌詞が聞こえてきたり、芝居全体を冷静に観ることができるようになった。そうすると、いろいろと気になってくる。そういった自分の思いを、みちみち転がしながら帰ってきた。そうして24時間が経ったころ、ひとつのことに気がついた。

「キャッツ」は、観る側の価値観をさらけだしやすい。

 それは当然だ、という向きもあろう。あまねく表現物はそうであるからこそ共感を呼ぶ。

 ここは、「キャッツ」の構成に注目する必要がある。

「キャッツ」の場合、全体の構成で多く時間が割かれるのは、猫の生き方を一匹ずつ紹介する部分だ。猫たちのキャラクターはとてもわかりやすく描かれる。だから、自分がどの猫に肩入れするかによって、その人の価値観もわかる仕掛けになっているのではないか、と感じたのだ。

 わたしは、最初に観たときからずっと、娼婦猫が気になって仕方なかった。
 娼婦が好きな職業だというわけではない。その猫がメインキャストだからでも、彼女が歌う「メモリー」がいい曲だからでも、もちろんない。

 舞台上で、彼女は猫たちに嫌われている。落ちぶれた娼婦だから、だ。

 どうやらわたしは感覚がひとと違っているらしいが、それが嫌われる理由になるのはやや弱いかな、と気になった。娼婦という商売は、社会が形成された最初からあったといわれる職業だ。女性からは嫌われても、男性から嫌われるものではないはず。個人(個猫か)に問題があるならいざ知らず、舞台上の娼婦猫にそのような気配はない。
 娼婦に肩入れするのはおかしいだろうか。ここは商業誌ではないから、思い切って書かせてもらえれば、娼婦だって職業だ、と思う(いろんな人はいるだろうが)。娼婦が悪いわけではない。悪いのは、娼婦を使ってあくどく稼ごうとする連中だ。

 また、この娼婦猫は、最後に特別な猫として、天上に昇るのを許される。なぜか。過去を捨て、純粋な魂を持ち、新しい生き方を選ぶからだ。

 過去は、捨てられるものだろうか。生活状況が悪くなればなるほど、人間は過去にとらわれるのが常だ。また過去の経験があるからいまがある。それを捨てて一からやり直すには、よほどのきっかけが必要だろうと想像する。けれど「キャッツ」では、その重要なきっかけとなるシーンは描かれていない。

 子どものころに観たときは、ただ疑問として残っただけだった。だが、この年になると、これらが気になって、フラストレーションがたまった。

 さらに、25年前から気に掛かっていたことがある。

 この芝居には、大きな流れがふたつあり、それぞれが独立して感じられるのはなぜか、ということだ。

「キャッツ」は、猫の生き方を紹介する流れのほかに、もうひとつ流れがある。

 一匹の特別な「ジェリクルキャット」を選ぶ舞踏会の夜に、事件が起き、長老がさらわれるが、無事見つけ出され、娼婦猫を選び出す、という話だ。物語を構成する上で重要なストーリーだ。

 一匹ずつの猫の生き方を紹介するという流れと、この、一匹を選ぶという流れ。このふたつが別々に流れているように感じられるのだ。

 それはなぜなのか。この理由を、もう少し考えたい。

 この、それぞれの生き方を並行的にみせる表現法。これを「コンセプトミュージカル」と呼ぶ、のだそうだ。概念を表す、という意味だろう。

 絵画にも「コンセプチュアルアート」というものがある。1960年代から70年代に起こった前衛芸術を指す。演劇にも、ストーリーを否定する潮流がある。それに沿う流れと捉えれば、近い理解ができるのかもしれない。

 エリオットの原作には、人間への尽きせぬ愛情が感じられる。猫の姿を借りて表現されるそれは、温和な猫から悪の化身まで、それぞれが同じ重要さで、深い考察と愛を持って描かれる。エリオットの人間に対する見方が素直に表現された結果だ。これが子ども向けに書かれたことを考えると、作者には強い思いがあったのだろうと思われる。

 しかし、こういったエリオットの姿勢からは、わざわざ一匹を選ぶ必要性が見いだせない。娼婦猫ですら、エリオットにとってはそのほかの猫と同等の意味を持っている。一匹だけが天上へ行く理由は、エリオットの価値観に照らしてみれば、どこにもないと言っていい。

 それなのに、なぜ一匹が選ばれるストーリーが重なるのか。

 首をひねりながら帰ってきて、ネットを開いた。探してみると、劇団四季の会員誌「アルプ」に掲載された文章に行き当たった。安倍寧(あべ・やすし)さんという、著名な音楽評論家の方のお話だ。

 それによれば、この娼婦猫は詩集には登場せず、エリオットの未発表の詩の中にあったものを、作曲家で「キャッツ」の演出を手がけたトレヴァー・ナンが気に入って使ったものだそうだ。

 もうひとつ、ナンは、エリオットの手紙の中に興味深いものを見つけた。

 エリオットは、物理学者がその存在を予想し、「ヘヴィサイト層」と命名した電離層を、猫たちの霊魂の留まるところと想定して、二行の詩を書いていた。ナンはそれに興味を持ったのだ。

 娼婦猫と電離層。このふたつが演出家の頭の中で結合し、熟成され、天上に昇る娼婦猫、につながることになる。

 こうして、「キャッツ」のもうひとつの話の流れ、「一匹が選ばれて天上に昇る」というストーリーができあがったのだそうだ。

 この、安倍寧さんのインタビューを読めたことで、四半世紀来、持っていた疑問がたちまちに氷塊した感があった。ありがとうございます、インタビューをネットに上げてくれた安倍さん(笑)。

 わたしは、主にナンの作った部分にこだわっていた。つまりそれは、エリオットの描く「人間観」とナンの描く「物語」、この特性の違いからくるものだった。いってみれば、正反対の2つの意識を、ひとつの脚本の中に入れようとしたところで発生した、微妙なズレだったのかもしれない。

 ただし、ナンの努力が間違っているわけではない。ショーとして成り立たせようと構成を考えたとき、誰でもこのような手段をとろうとするだろう。

 おそらく、相手が大作家、エリオットだったのが、ナンの不幸といえば不幸だったのかもしれない。エリオットが描いた人間描写は深く、広い。しかもわかりやすい。そこには、それ以上の手わざが入る余地がなかったのである。

 そうしてわかってくると、エリオットの人間観と、ナンのショービジネスに仕上げようという熱意、そしてもちろん、ロイド=ウェバーら制作者の苦労が見えてきて、「キャッツ」という舞台がそれぞれの人たちの集合体で仕上がっているということが見えてくる。

 ナンらが、エリオットの提示した深遠なテーマをミュージカルにしようとしたことは、敬服に値する。しかも、誰が観ても楽しめるものになっている。大がかりな仕掛けに最高の音楽と俳優。観客は、どのシーンが好きだったか、どの猫の生き方が好きかを熱意を込めて語る。しかし、そうやって語った本人の価値観が表沙汰になってしまうことには気がつかない。けれど、その話を聞いた側には、ひそかに伝わってしまう。
 こういう仕掛けが、砂糖をまぶされたお菓子のようにつくられているのが、「キャッツ」なのだ。

 さて、エリオットが言いたかったテーマとは、なんだろう。

「キャッツ」の歌詞や台詞は、エリオットの原作に忠実に沿っている。大がかりな仕掛けの中に、エリオットの真髄が息づいているということだ。

 それはとくに、次の2つによく表れている。

 ひとつは、最後に全員で歌われる「猫にごあいさつ」。この中に「いかがです皆さん、猫の生き方は、大いなる心を持ち、誇り高く強く、生きているでしょう」という部分がある。そして「猫は求めるのだ、高貴な魂を、大いなる心を」と歌われて締めくくられる。

 エリオットが猫に模して言いたかったこと。それは、人間が誇り高く生きることであり、高貴な魂を求め続けること、大いなる心を求め続けることの大切さ、である。エリオットが、生涯を賭けて求めたもの。それは恐らく、高貴な魂を求め続ける生き方、だったのだろう。

 彼は子どもたちに、たったひとりでもそうして生きる大切さを、とてもわかりやすく描いたのだ。エリオット自身はノーベル文学賞の栄誉に浴したが、そういうことにとらわれず、真に求めるものを追い続けた。

 真実を追い続ける人間はすばらしいのだと、彼は言う。けれど、どうしても大勢に流されたり、迷うことがある。エリオットはそれについては「忘れてはいけない。猫は犬にあらず」と、はっきりと警告している。

「キャッツ」では、「唯一の名」という言葉が繰り返し語られる。この「猫にごあいさつ」でも出てくるし、冒頭の「ネーミング オブ キャッツ」という歌でもそうだ。

「猫は独特な名前を求めている。もっと威厳のある名前を。誇り高くいられるために、顔をあげて生きるために」「深い想いに沈みながら猫の心は思う、その名を。言うに言えない唯一のその名を」(「ネーミング オブ キャッツ」より)

 真実を追い求めた人間だけが見つけられるものがある。大勢に惑わされず、人の気まぐれに流されず、物事の意味や、大切なことを見極める心を持つように努力し、自分のやるべき道を歩んできた人間だけがつかむもの。それこそが「唯一の名」なのだ。

 これは思えば、厳しく、険しい道のりである。それをしなさい、と、エリオットは子どもたちに語りかけている。ともすれば楽をしがちな大人たちへの警鐘でもありそうだ。

 しかし、その道を歩むものに対しての彼の目はやさしい。そして、惜しみない讃歌をおくっているように、わたしには感じられる。

 エリオットは「キャッツ」で、人間の歩む方向を示し、そしてその道を行くものに対して讃歌をおくったのである。最後に「猫にごあいさつ」が高らかに歌われる意味は、そこにある。

 最初に、わたしは娼婦猫が気になっていた、と書いた。そこにもなんらかの価値観が潜んでいる。それはなにか。娼婦という職業を通して人間の歩む道を模索したいと、暗に考えているということなのだろうか。それはこれからゆっくり見つめ直してみようと思う。

 ところで、知人のランパスキャットだが、筆舌に尽くしがたいほど美しく踊る猫であった。ブログはいろんな方が訪問されるので、ここで名前をあげるのは慎重に差し控えたいが、すでにファンもできつつあるようで、これにわたしが口を挟む余地はない。今後の活躍を祈るばかりである。

このブログをエンタメ鑑賞用にします。

 そもそもが、わからなかった。

 ブログっていったい、誰に向けて、何を書いたらいいのか。

 ネットって誰が見てるかわからないからこわいしね。

 わからないものは、近づきたくないわ。

 ということで、放っておいた。

 けれど最近、もしかしたらこれは有効活用できるかもと思い始めた。理由はいろいろあるが、ひとつだけ。

 昨年末ごろから、遠ざかっていたエンターテインメントの世界に、少しずつだけれど自ら足を向けるようになった。知り合いが出演しているから、というような理由で、人形劇、舞踏などはわずかに観ていたが、そこに落語、文楽といった古典芸能を加え、ほぼ四半世紀ぶりに観劇も加わりつつある。

 この機に、発表の場を持つのも、悪くないじゃん。だって雑誌に売り込みかけるのも大変だしね。

 という安易な理由で(苦笑)、鑑賞したあとの感想や、思いを、綴ろうと思う。

 でも、いつまで続くのかわからない。ということで、肩タイトルには「いつまで続くか保証はしません」と書いた。言い訳だ。しかたない。そういう性格だし。雑誌に書くわけじゃないので、それくらいのユルさは許されるだろう。

 当面は、mixiでおつきあいのある“愛すべき”仲間たちが読んでくれることだろう。ほかの方々は誰だかわからないので、とりあえず、この“愛すべき仲間たち”に向けて書くことにする。

 彼らには、飲み会やmixiで、プライベートのかなりの面をさらけ出して迷惑をかけているが、ブログにはそういったことは書かない。あくまでおおやけを意識する。だから、ここで書くものも、「きちんとした内容の、きちんとした文章」だ。ふにゃけたものは、mixi限定にする。そうやって、棲み分けていこうと思う。

まあいいか

まあいいか まあいいかとて 年も暮れ

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